大久保一家
大久保一家十三代目(おおくぼいっか)は群馬県高崎市福島町742-11に本部(本家)を置く暴力団で、指定暴力団・松葉会の二次団体。旧称:北関東大久保一家。
略歴
歴史
- 日本国内に現存する博徒の中で、日本一古い歴史を持つ老舗組織。
初代
- 江戸時代、上野国群馬郡駒寄村大久保(現在の群馬県北群馬郡吉岡町大久保)生まれの田中代八が大久保一家を興した。田中代八はもとは九州のある藩の家臣であり、浪人となって大久保に流れ着いたともされる。
大久保代八は上州博徒の元祖と言われ、大前田一家初代・大前田英五郎の父である大前田久五郎や生井一家初代・生井弥兵衛は大久保一家の貸元であった。
- 1784年3月28日、大久保代八は大々的な博徒狩りで捕らえられ死亡した。
二代目~五代目
- 金谷秀蔵が二代目を継承。
- 金谷団蔵が三代目を継承。
- 金谷粂蔵が四代目を継承。
- 金谷九兵衛が五代目を継承。
十代目牧野国泰の時代まで、二代目と三代目は名称が不明、四代目と五代目は代目継承が確認できず、四代目は中島栄作とされ、牧野国泰は八代目を名乗っていた。
後にこれらが判明し、大久保一家の系譜に二人が付け加わり、牧野国泰から跡目を継承した荻野義朗は十一代目を名乗るようになった。
六代目
- 初代・田中代八死去後、大久保一家は衰退していたが、六代目・中島栄作が再建した。
縄張りを北群馬郡吉岡町まで広げた。
- 1881年(明治14年)4月18日、中島栄作が死亡。
七代目~九代目
十代目〜十二代目
十三代目
- 2024年4月23日、跡目継承盃儀式が執り行われ、総長代行・三上昌一が大久保一家の十三代目を継承した。
系譜
初 代 - 大久保代八こと田中代八
二代目 - 金谷秀蔵
三代目 - 金谷団蔵
四代目 - 金谷粂蔵
五代目 - 金谷九兵衛
六代目 - 大久保栄作こと中島栄作
七代目 - 中島常吉
八代目 - 中島安五郎
九代目 - 中島豊吉
十代目 - 牧野国泰(松葉会五代目会長)
十一代目 - 荻野義朗(松葉会六代目会長)
十二代目 - 小池清一 (松葉会幹事長)
十三代目 - 三上昌一
十三代目大久保一家組織図
総長
三上昌一(松葉会風紀委員長)
特別相談役
星野節也(松葉会相談役・水沢貸元・観音二代目)
中島 勝(松葉会相談役・渋川北貸元・牧野四代目)
総長補佐
中野 証(伊香保貸元・中野組組長)
執行部
総長代行 - 中野冬樹(松葉会執行部理事・中之条貸元・五町田七代目)
理事長 - 野村喜好(松葉会役員補佐・渋川南貸元・野村組組長)
幹事長 - 緒方 武(松葉会執行部副会長・小野上貸元・緒方組組長)
本部長 - 茂木慶吾(松葉会執行部副会長・東松山貸元・荻野連合五代目)
組織委員長 - 田村 均(北毛地区地区長・水上貸元・田村組組長)
渉外委員長 - 小出清一(小池二代目組長)
総長室室長 - 内田慎吾(松葉会総務・内田総業組長)
本家局長 - 後藤秀起(松葉会総務・川場六代目)
武井美喜也(草津貸元・嬬恋三代目)
島方弘文(高崎地区地区長・榛名貸元・島方組組長)
茂木克敏(茂木総業組長)
渡邉直樹(渡邉総業組長)
白幡二郎(白幡組組長)
過去の組織図
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