稲葉地甚之助
稲葉地甚之助(いなばじの じんのすけ 本名:村上甚之助 -1890年)は幕末から明治の侠客、博徒。稲葉地一家初代。
略歴
- 尾張国愛知郡中村大字稲葉地(現・中村区稲葉地町周辺)の出身。
- 稲葉地一家祖・日比津善七の舎弟または筆頭子分であり、日比津の七人衆の一人でもあった。
- 1879年(明治12年)、日比津善七が死去し跡目を継承。一家の名を自身の出身地から稲葉地一家とした。
この頃、勢力を名古屋一帯に拡大した。
- 清水次郎長の香典帳に金拾円尾州日比津内一同稲葉地・村上甚之助とある。
- 1890年(明治23年)旧10月28日、死去。享年不詳。墓所は名古屋市中村区稲葉地の凌雲寺。
- 稲葉地甚之助墓裏面に発起者今津藤三郎、並一家中とある。
- 跡目は水車藤三郎が継承した。
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