蓬田万四郎
蓬田万四郎(よもぎだ まんしろう)は幕末の侠客。
略歴
- 現在の宮城県登米郡石森の人。
- 楯岡仙吉の子分。
- 登米郡石森の生まれ。
- 豪膽人を凌ぎて任侠義を重んず、会て本吉郡志津川の博徒白鳥紋蔵と争闘し、紋蔵の親分音八の為に頭部を切れ、万四郎もまた相手方を死傷すること十数人、之が為に百日の入牢国拂となり、最上楯岡(山形県村山市)の親分楯岡仙吉方を便りて更に剣術を精錬し、勤善懲悪、地方の紛争を治め、侠名大に挙げる。
- 後ち赦されて郷に帰り、元治元年其家に歿す、享年五十六歳、石森の安永寺に葬る。
- 元治元年歿。行年56歳。墓所は宮城県登米郡中田町石森の安永寺。
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