正徳寺太八
正徳寺太八(しょうとくじの たはち、別名・正徳寺多八、本名・根津源左衛門)は幕末の侠客、博徒。甲州博徒。正徳寺一家祖。
略歴
- 甲斐国山梨郡正徳寺村(現在の山梨市正徳寺)の人。
- 竹居吃安の兄弟分であり、幕末期には黒駒勝蔵に力を貸し、その一党と共に行動する。
- 塩山一家?の塩山藤太郎(上塩後藤太郎)とは、縄張りを巡ってしばしば対立した。
- 正徳寺一家の縄張りは笛吹川北岸以北。秩父往還に沿って、石和から三富までを含む。
- 子分に万力村森太郎、万力村照太郎、鬼角(落合村角太郎か)、八幡村定吉、大津屋松五郎、川田友太郎(甲運友)、沼津福太郎(沼津の福)らがいた。
- 明治8年6月11日没。
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