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*川田一家 [#xd766544]
''川田一家''(かわだいっか)は群馬県沼田市に本拠を置いた博徒一家。
** 略歴 [#ze06e15b]
-文化の時代に川下田の[[川田七郎左衛門]]が一家を興す。
-越後の角力であった[[茗荷松源蔵]]が二代目を継承。
-[[大前田一家]]の[[須田門吉]]と発知の大吉([[発知代吉]]か)が縄張り争いで中山峠で果たし合いをしようとした時、[[茗荷松源蔵]]と[[大前田英五郎]]が仲裁した。
-天保13年壬寅2月18日、[[茗荷松源蔵]]が病没。
-[[茗荷松源蔵]]と同時代の[[人斬新五>人斬新五郎]]は、信州の川中島で[[大前田英五郎]]と兄弟分の盃を交わしたのち、捕らえられて文久9年1月5日28歳で獄死。その跡目の[[雷電音五郎]]は川田一家の身内となる。菊屋号を持ちかなり旅をした。
-川田一家の貸元・[[宇兵衛>高石垣宇兵衛]]は弘化3年に[[前橋弥四郎]]と天川の橋の上で決闘し勝ったという。
-川田一家は[[大前田一家]]に近く、貸元として布施村・今井芳之助、沼須村・石井沖次郎、加藤藤三郎の子分・深津周吉(安政元年生)がいた。川田一家[[川場]]系では[[長谷川与五郎]]が[[川場一家>川場]]を興し、その子分の貸元として和泉沢佐吉(文久2年生)、林安五郎(嘉永5年生)、小鍋こと戸部常三郎、金五郎こと宮内子之吉、桜井辰五郎(文久5年生)、などがおり、池田村には少数ながら池田一家がいた。
-川田一家は[[大前田一家]]に近く、貸元として布施村・今井芳之助、沼須村・石井沖次郎、加藤藤三郎の子分・深津周吉(安政元年生)がいた。川田一家[[川場]]系では[[長谷川与五郎]]が[[川場一家>川場]]を興し、その子分の貸元として和泉沢佐吉(文久2年生)、林安五郎(嘉永5年生)、小鍋こと戸部常三郎、金五郎こと[[宮内子之吉>川場金五郎]]、桜井辰五郎(文久5年生)、などがおり、池田村には少数ながら池田一家がいた。
-[[糸井銀蔵]]を初代とする資料あり。
**系譜 [#a8206018]
 祖  - [[糸井銀蔵]]
初 代 - [[川田七郎左衛門]]こと大竹七郎左衛門
二代目 - [[茗荷松源蔵]]
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