酒梅組四代目。昭和36年(1961)に松山は亡くなった。四代目は中納幸男か、審良(あきら)誠一かと数年間争いが起こったが、菅谷政雄と五分の兄弟分となり、また田岡一雄の後押しもあって、昭和39年(1964)に中納が四代目を継承した。多くの組員の離脱や第一次頂上作戦などにより勢力を衰退させたが、中納は15年間酒梅組を守りきった。昭和54年(1979)に健康上の理由から引退する。


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