溝橋正夫
溝橋正夫(みぞはし まさお 1926- )は日本のヤクザ。一和会常任顧問、溝橋組組長。
略歴
- 大正15年(1926年)4月1日、神戸市長田区生まれ。小学校を卒業後は家業の靴卸売業を手伝っていたが、召集で京都伏見の歩兵連隊へ入隊する。
- 復員後、新開地や三宮周辺の闇市で過ごし、三代目山口組舎弟・坂口敬三の若衆となる。後に坂口の妹と結婚。
- 昭和31年(1956年)、三代目山口組若中となる。
- 明友会事件や地元組織との抗争を経て大阪で勢力を拡大。
- 昭和54年(1979年)6月、同じ長田区番町出身の加茂田重政の推挙により若頭補佐に就任。
- 昭和59年(1984年)、山口組分裂に伴い一和会に加入。常任顧問に就任する。
- 昭和30年(1985年)7月、溝橋組を解散して引退。一和会に加入した直系組長の中で最初の離脱となる。
溝橋組からは坂田鉄夫?、大川健?の2人が直系組長に取り立てられている。
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