古川組

四代目古川組(ふるかわぐみ)は兵庫県尼崎市に本拠を置く、指定暴力団・神戸山口組の二次団体。旧本部は兵庫県尼崎市稲葉元町2丁目8-1(解体済)。

画像

略歴

  • 1980年6月、大平組から三代目山口組の二次団体に昇格。
  • 2005年11月、古川恵一が二代目を継承し、六代目山口組若中として直参昇格。
  • 2015年12月8日、六代目山口組を脱退し、神戸山口組へ移籍。
  • 2017年5月、当時の若頭・山崎博司が三代目古川組組長を名乗り、大半の古川組組員を率いて任俠団体山口組へ移籍。
  • 同年6月、山崎博司は「原点回帰を目的として二代目古川組に改称し、組長は山崎とする」との声明を出す。内容は古川恵一の優柔不断さなどを非難し、二代目とは認められないとするものであった。
  • 同年7月6日、仲村石松神戸山口組・古川組の三代目を継承し、神戸山口組若中に昇格。古川恵一は総裁に退く。この時、仲村の盃を受けたのは舎弟3人と若中9人だった。
    なお、もとの古川組本部事務所は山崎博司らが占有したため、三代目古川組は傘下の琉真会事務所を拠点とした。
  • 2018年7月、拠点としていた琉真会が、六代目山口組・三代目司興業へ移籍。
    事務所の明渡しでトラブルとなり、仲村石松が警察を介入させた。
  • 2019年11月27日、古川恵一が尼崎市の路上で、山口組竹中組の元組員・朝比奈久徳により自動小銃で射殺される。なお、朝比奈は事件後現場をすぐに離れ、京都へ向かい神戸山口組幹部・髙橋久雄を狙う予定だったが京都府警南署員により京都市内で現行犯逮捕された。
  • 2020年11月3日、六代目山口組・三代目司興業幹部・藤村卓也と、司興業川﨑組組員・加藤伸治の2人が、他府県の警察から出頭要請が出ていた三代目組長・仲村石松を警察官を装って呼び出し、午前11時過ぎに兵庫県尼崎市の路上で仲村石松と、舎弟頭・親泊吉広の2人を銃撃して重症を負わせた。
  • 同月5日昼頃、藤村卓也は兵庫県内の警察署に出頭し、殺人未遂容疑で逮捕され、後に共犯として加藤伸治も殺人未遂容疑で逮捕された。
  • 2021年12月、神戸地裁が、暴力団対策法に基づき事務所の使用差し止めの仮処分を決定。
  • 2022年3月25日、事務所の土地、建物について不動産業者と売買契約が成立。
  • 同年4月、所有権移転後、三代目古川組の事務所は解体された。
  • 同年6月13日、仲村石松が病死。
  • 同月15日・16日、兵庫県明石市の斎場で通夜、告別式が営まれ、両日とも神戸山口組組長・井上邦雄を始め、神戸山口組の全直参が参列した。
  • 同年8月10日、玉城吉広が四代目を継承し、神戸山口組若中として直参昇格。
  • 同年9月22日、2020年6月ごろに交際相手の女性名義で尼崎市内のアパートの賃貸契約をしたとして詐欺の疑いで逮捕された()。
  • 同年10月12日、実際は転居していない尼崎市内の一戸建て住宅に転居したとする住民異動届を市役所に提出したとして、玉城吉広が電磁的公正証書原本不実記録・同供用の疑いで逮捕された()。
  • 同年11月1日、同年7月21日に尼崎市内の居酒屋に客として来ていた男性会社員に対し、玉城吉広が暴力団の肩書や代紋の入った名刺を渡して「舎弟になれ」と要求し、8月13日には別の飲食店で「盃事」と呼ばれる杯を交わし、無理やり暴力団に加入させ自身の運転手を務めさせたとして強要の疑いで逮捕された()。
  • 2023年1月31日、兵庫県尼崎市のカラオケスナック店で、玉城吉広が居合わせた男性客の顔などを殴ってケガを負わせたとして傷害の疑いで逮捕された()。
  • 同年3月29日、「警戒区域」に指定されている兵庫県尼崎市内で多人数で集まったとして玉城吉広ら5人が暴力団対策法違反の疑いで逮捕された()。
  • 同年4月18日、尼崎簡易裁判所は玉城吉広に罰金50万円、他の4人にそれぞれ罰金30万円の略式命令を出した。
  • 2024年1月、兵庫県西宮市山口町の山中にある倉庫内で回転式拳銃2丁と自動装塡式拳銃1丁、実弾39発を保管所持していたとして、玉城吉広が銃刀法違反(複数所持、実包所持)などの疑いで逮捕された()。

古川組系譜

初 代 - 古川雅章(六代目山口組舎弟)
二代目 - 古川恵一神戸山口組幹部)
三代目 - 仲村石松神戸山口組若頭補佐)
四代目 - 玉城吉広

四代目古川組組織図

組 長 - 玉城吉広神戸山口組若中)
若 頭 - 古曽尾 豊古曽尾総業総長)



【このページの編集依頼】




トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS